2018年4月11日水曜日

A.スミスからD.リカードへ:価値=あたひ論は進展した!

A.スミスの「価値=あたひ」論は、どのような形でK.マルクスへ引き継がれていったのでしょうか。

A.スミスは、商品の有用性を「使用価値(value in use)と「交換価値(value in exchangeに分け、そのうえで、「労働はいっさいの商品の交換価値の実質的尺度である」という「労働価値説(labor theory of value)を提唱しました(『富国論』1776)。

この「労働価値説」は、人間の労働が価値を生み、労働が商品の価値を決めるという学説ですが、もともとは17世紀にW.ペティによって主張されたものでした。





W.ペティは『租税貢納論』(A Treatise of Taxes & Contributions, 1662)の中で、商品の「自然価格」はそれに費やされる労働によって決まという視点を初めて提起しました。

この説を継承して、A.スミスは「労働こそは、すべての物にたいして支払われた最初の代価、本来の購買代金であった。世界のすべての富が最初に購買されたのは、金や銀によってではなく、労働によってである」(『富国論』)と述べ、労働価値説を確立したのです。

しかし、スミスのこの見解には、2つの観点が混在していました。

一つは「あらゆる物の真の価格、すなわち、どんな物でも人がそれを獲得しようとするにあたって本当に費やすものは、それを獲得するための労苦と骨折りである」と表現されているように、商品の生産に投下された労働によって価値が決まる、という主張(投下労働価値説)です。

もう一つは、商品の価値は「その商品で彼が購買または支配できる他人の労働の量に等しい」という主張(支配労働価値説)です。

2つの労働価値説は40年後、D.リカードに引き継がれましたが、その著『経済学および課税の原理』(On the Principles of Political Economy, and Taxation、1817)において投下労働価値説」は肯され、支配労働価値説」は否定されています。

リカードは「商品の生産に必要な労働量と商品と交換される労働量は等しくない。例えば、ある労働者が同じ時間に以前の2倍の量を生産できるようになったとしても、賃銀は以前の2倍にはならない」と述べて、支配労働価値説は正しくない、と述べています。

これに代えてリカードは、資本の蓄積が始まってからも、道具や機械に間接的に投下された労働量と直接に投下された労働量の合計によって商品の価値が決まる、という見解を示しています。

リカードの投下労働価値説は半世紀後に、K.マルクスに引き継がれ価値=交換価値」説となっていきます。

こうして経済学の本流では、「価値=あたひ」論が主流となり値=直=ねうち」論の方は後回しにされました

2018年3月31日土曜日

アダム・スミスも分けていた!

古代ギリシア以来の「有用性・均等性」論は、中世のスコラ哲学を経て、18世紀にイギリスの経済学者A.スミスへと引き継がれました。

スミスは1776年にその著『富国論』(『諸国民の富』大内兵衛・松川七郎訳、岩波文庫版『富国論』)の中で、「価値(value)ということばには二つの異なる意味がある」と述べています。





一つは「ある特定の対象の効用(utility)を表現し、もう一つは「その特定の対象を保有することによってもたらされるところの、他の財貨に対する購買力(power of purchasing other goods)」を意味しています。

そこで、前者を「使用価値(value in use)」、後者を「交換価値(value in exchange)と名づけました。

両者の違いを説明するため、スミスは水とダイヤモンドをとりあげ、「水ほど有用なものはないが、それでどのような物を購買することもほとんどできない」のに対し、「ダイヤモンドはどのような使用価値もほとんどないが、それと交換できるきわめて多量の財貨をしばしばえることができる」と述べています。

水の使用価値は極めて高いけれども交換価値は低く、ダイヤモンドの使用価値はかなり低ものの交換価値は高い、ということです。

その理由として「交換価値の実質的尺度とはどのようなものであるか」と問いかけ、ある商品の交換価値とは「その商品がその人に購買または支配させうる労働の量に等しい」から「労働はいっさいの商品の交換価値の実質的尺度である」と述べています。

ダイヤモンドの交換価値が高くなるのは「希少性」、つまり「それをかなり大量に収集するためには多量の労働」が必要であるからだ、というのです。

これこそ「交換価値は労働に準拠する」という、古典派経済学の「客観価値説(労働価値説)の原点となった理論です。

売り手・買い手という立場から「価値」を見て、人間の労働が「価値」を生み、労働が商品の「価値」を決める、という発想であり、スミスからD.リカードを経てK.マルクス、さらには近代経済学にまで至っています。

こうした理論を生活学の立場から見ると、「ねうち・あたひ」論を「有用性=使用価値・相当性=交換価値」論に置き換えたということであり、「あたひ=相当性=交換価値は労働の量から生まれる」という方向へ、価値論の重点が移されています

いいかえれば、一人の人間にとっての「ねうち」よりも、他人と交換する時の「あたひ」の方に重点が移行している、ともいえるでしょう。

さらにいえば、西暦200年代に中国で使われた「價直」の、「價=あたひ」と「直=ねうち」の二重性がほぼ1500年後のイギリスにおいて再認識された、ともいえます

あたひ=價」論を中心にして古典派経済学が成立し、マルクス経済学から近代経済学へと発展してくるという経済学の立場はそれなりにわかります。

 
だが「ねうち=直」論のほうは、一体どうなってしまったのでしょうか

2018年3月21日水曜日

アリストテレスは分けていた!

大和言葉では「ねうち(有用性)と「あたひ(相当性)に分かれていた「ありがたみ」という観念は、仏教や西欧思想の流入によって「價値(価値)」という翻訳語に吸収され、「有用性+相当性の二義性を持ったまま、現代日本語の中へ定着しています。

それでは、西欧においても、両者は混合して使われていたのでしょうか。

西欧思想の一つの源、古代ギリシア哲学を振り返ってみると、必ずしも混合されているわけではなく、大和言葉と同じように分けられていました。




例えばアリストテレス(B.C.384年~B.C.322年)は、『ニコマコス倫理学』の中で、「財貨(χρήματα:クレーマタ)とはおよそその価値(Αξία:アクシア)が貨幣によって測られるものの謂いである」という表現を使いながらも、『政治学』(第1巻第9章)では、「財産の獲得術」の前提として、次のように述べています。

「物には各々二通りの用途がある。二通りの用途とは、いずれも物をそれだけで使う場合でも、その使い方が違っており、一つの用途はそのもの本来の用途で使うこと、もう一つはそうではない使い方をすることだ。例えば、靴は足に履くために使う別の物との交換に使うこともある。つまり靴には二通りの用途があるのだ。」

二つの用途について、『ニコマコス倫理学』の中では、「有用(χρήσιμος:クリシモス)」と「均等(ίσος:イソス)」という言葉を与え、次のように説明しています。

有用」とは「それによって何らかの善または快楽が生ずるところのもの」であり、「均等とは「(二人の取引者が)交換を行なったあげくにこれを比例に導くもの」である、と。

こうしてみると、古代ギリシアでも、様々な事物の「ありがたみ」については、「有用性」と「均等性」の2つの形があることが明確に理解されていた、と思われます。

その区別は、時代が下る中で、どのように変わっていったのでしょうか。

2018年3月10日土曜日

幕末~明治初期には「價直」と「價値」が混在!

江戸時代に蘭語や英語から翻訳されて普及したと思われる「價値」という言葉は、幕末から明治時代初期になると、また「價直」へ戻っています。

幕末の文久2年(1862年)、幕府の通辞・堀達之助が編纂した、日本初の本格的な刊本英和辞典『英和対訳袖珍辞書』では、「value」を「價直(かち)」と訳して、「價値」から「價直」へ戻しています。

この時代、「直」という漢字は「値」と同義語と見なされ、「ちょく」ではなく「ち」と読まれており、その意味するところも、翻訳語として「有用性+相当性」を示していた、と思われます。

明治維新後の明治2年(1870年)、明治政府の官僚・若山儀一と箕作麟祥が、アメリカの経済学者A.L.ペリーの” Elements of Political Economy”を共訳した『官版経済原論』でも、「value」は「價直」と訳されており、維新後も「價直」が使われていたようです。

ところが、明治6年(1873年)に出版された、『経済新説』や『経済入門』になると、再び「價値」が復活しています。

経済新説』は社会学者で翻訳家の室田充美がフランスの経済学者J.B.Say派の著作を、また『経済入門』は司法省翻訳官の林正明がイギリスのM.G.フォーセット夫人の政治経済学入門書"Political Economy for Beginners"をそれぞれ訳したものです。

これが定着したのか、明治15年(1882年)に通訳の柴田昌吉と子安峻が編纂した、わが国最初の活字印刷による英和辞書『英和字彙・増補訂正改訂二版』でも、「value」を「價格、價値、位價、貴重、緊要、算数、同数」と訳しています。

この訳語の意味では、貴重・緊要=「有用性」と、価格・同数=「相当性」が完全に混合されています。

そして、2年後の明治17年(1884年)に大蔵省翻訳局の石川暎作と瑳峨正作が訳した、イギリスの経済学者A.スミス『富国論』(”An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations”,1776年)では、「value」は「價値」と訳されて、経済学でも「價値」という表現が定着したようです。


以上のような経緯を振り返ると、大和言葉ではねうち(有用性)」と「あたひ(相当性)に分かれていた、「ありがたみ」を示す言葉は、翻訳語の「價値」という言葉の受容によって「有用性+相当性」の二義性を持ったまま、明治初期から現代日本語の中へ定着したものと思われます。

2018年2月27日火曜日

江戸中期には「價値(かち)」へ変わった!

江戸時代に入ると、「價直(げじき・かちょく)という言葉は、約200年前に移入してきた欧州語の翻訳語として「價値(かち)」という言葉に置き換えられました。

最初の蘭日辞典波留麻和解』(寛政8年=1796年)では、「waarde(ワアルデ)」の訳語として「價値」が与えられ、「高價」「利潤」も併記されています。

この辞典は、長崎通詞の西善三郎が着手し、その後、蘭学者の稲村三伯、宇田川玄随、岡田甫説らによって編纂されたものです。

18年後に出た、最初の英和辞典諳厄利亜語林大成』(文化11年=1814年)でも、「value(ヘルユー)の訳語が「價値」とされています。

この辞典は、和蘭・和英通辞の本木庄左衛門(正栄)を中心に、同じく通詞の馬場貞歴、末永祥守、楢林高美、吉雄永保らが編纂した、日本初の英和辞典です。


蘭語の「waarde」も、英語の「value」も、ともに原語の意味には「相当性」と「有用性」の両方が含まれています。

このため、翻訳語の「價値」もまた「あたひ+ねうち」、つまり「相当性+有用性」の二義性を持つことになりました。

なぜ「直」が「値」に変わったのか、詳しくはわかりませんが、「直」の字が「十:正面、まっすぐ」+「目:見る」+「―(線)」を組み合わせて「線をまっすぐ見る」ことを表すのに対し、「値」の字では「亻:人」が「線をまっすぐ見る」ことになりますから、「ねうち」よりも「あたひ」にやや近づくからかもしれません。

いずれにしろ、江戸時代の人々もまた、大和言葉の持っていた、「あたひ」と「ねうち」の区別を捨て、両者の複合化した「價値」を使うようになっていたのです。

2018年2月18日日曜日

中国から漢字「價直(げじき・かちょく)」が渡来した!

中国大陸から日本列島へ漢字が渡来したのは、古くは1~2世紀といわれています。とりわけ7世紀に遣隋使が派遣されて以降は、仏教文化律令制度などの渡来に伴って、大量の漢字が日本へ輸入されました。

そこで、「役に立つか否か(有用性)」や「あい対するかどうか(相当性)」という観念についても、漢字が使われるようになったのです。

幾つかの事例を振り返ってみると、すでに古墳時代から「價直」という漢字が導入され、「げじき(呉音)あるいは「かちょく(漢音)と発音されていたようです。


例えば、5世紀初頭に受け入れられた『妙法蓮華経(法華経)』には、「即解頸衆宝珠瓔珞。價直(げじき)百千両金」(首にかけていた、美しい宝珠の首飾り、百千両に相当するものを外して)と書かれています。

また7世紀初頭に渡来した『根本説有部律』にも、「白拂價直(げじき)百千兩金」(百千兩金のあたひの白い払子=ほっす)と記されています。

平安~鎌倉時代(8~14世紀)になると、「價直」は渡来の仏典だけでなく、日本の文献でも使われるようになりました。

8世紀末の『続日本紀』(延暦16年=797年)には、「天平元年、孟春正月、(中略)宜給京及畿内官人 已下酒食價直(かちょく)(酒食相当が支給される)と書かれています。

11世紀の『私聚百因縁集』(正嘉元年=1257年)には、「東城国送るに價直(かちょく)浮檀金(えんぶだんごん=砂金金)の百億両と云ふ」との表現が見られます。

このように漢字が導入されて、仏教界や大和政権から一般庶民へと普及していく過程で、「相当性」という観念は「價直(げじき、かちょく)」という言葉で表されるようになりました。



しかし、字源を辿ってみると、「」は「亻:人」+「西:うつわ」+「貝:貨幣」が組み合わされた文字であり、「器の中に入った貨幣を人が持つ」状態を表していますから、「価格」、つまり「あたひ」を意味しています。

一方、「」は「十:正面、まっすぐ」+「目:見る」+「―(線)」を組み合わせた文字で、「線をまっすぐ見る」ことを表しており、これは「ねうち」に近い観念と思われます。

とすれば、「価直」という漢字は「真っすぐ見たそのもの」に「価格をつける」、つまり有用性」と「相当性」の複合化を意味する言葉ということになります。

ところが、古代日本において「」の字が「あたひ/あたへ」と読まれたことから、「あたひ」に相当する言葉となってしまいました。字源の意味する「ねうち」が「あたひ」に置き換わったのです


以上のような推移から考えると、「價直」という漢字は、「あたひ」と「ねうち」を統合した便利な言葉として日本人に受け入れられたものと思われます。

だが、便利さゆえに、大和言葉で分けられていた「ねうち」と「あたひ」、つまり「有用性」と「相当性」の区別は曖昧にされてしまった、ともいえるでしょう。

2018年2月8日木曜日

生活民はアタヒよりネウチを重視!

日本列島に住み着いた人々は大和言葉で、モノの「役立ち」度(有用性)を「ねうち」という言葉と「あたひ」という言葉で、大きく分けてとらえてきました。

当ブログで展開してきた生活学から見ると、「ねうち」の方が「あたひ」よりもずっと大事だ、というのが基本的な立場です。

例えば「
生活者」を提唱した大熊信行は、その人間像を「(生活の基本が)自己生産であることを自覚して」、「営利主義的戦略の対象としての、消費者であることをみずから最低限にとどめよう」とする人々、と定義しています。

「自己生産」で生まれる有用性とは「ねうち」であり、「営利主義的戦略」の基本は「あたひ」ということになります。

また「
生活人」を提唱した今和次郎も、生活人とは「これまでのような没個人的な倫理のうつろなお題目に幻惑されることなく、外回りの倫理でかっこうだけをつけさせようとあせることなく、日常生活を通じての自己生活の倫理」を高めていく人格、と述べています。

「自己生活の倫理」とは「ねうち」を意味していますし、「外回りの倫理」とは「あたひ」重視を示している、といえるでしょう。

そこで、「
生活民」を提唱する当ブログでは、生活民とは「価値(Value=Social Utility)」よりも「私効(Private Utility)」を求める主体である、と明確に述べてきました。

私効」とはまさに「ねうち」であり、「価値」とは「あたひ」に相当しますから、生活民とは「あたひ」よりも「ねうち」を求める主体ということになります。  

しかし、現在の日本では「ねうち」と「あたひ」はほとんど混合され、「価値」という言葉で通用しています。

そればかりか、「価値創造」とか「顧客価値」というように、プラス用語としても重視されています。

どうしてこのようになったのか、日本と世界の「有用性」史観を振り返ってみたいと思います。 

2018年1月31日水曜日

生活民の求めるネウチとは何か・・・

生活民は自らが生きていくために、衣食住などの生活分野で、さまざまな有用性を求めています。この有用性は、どのように計られているのでしょうか

生活民がモノに感じる有用性とは、個人として感じる感情が基本です。利用したモノに対して「どれくらい役に立ったか」を示す感情の高低です。

この高低を、私たち日本人、日本列島に住む生活民は、古くから大和言葉を用いて「ねうち」とよんできました。

「ねうち」という言葉は「ねうつ」、つまり「音(ね)を打つ」ことに由来しています(日本語源大辞典・小学館・2005)。

真夏になると、私たちは西瓜をポンポンと叩いて、食べごろを推し量ります。モノの音(ね)を聞いて、モノの有用性である美味しさを推測しているのです。

とすれば、「ねうち」とはモノ自体に付随している有用性を意味しています。

生活民自身にとっては、これで十分なのですが、他人に話したり、差し出すとなると、その高低を他のモノと比べられる方がと好都合です。

そこで、もう一つ、「あたひ」という言葉を使います。

「あたひ」は「あた(当)あひ(合)の省略されたものですで、二つ以上のモノを「突き当て」たうえで、それらが「見合っているか」を考えることです(同上)。

西瓜と茄子を交換する場合、西瓜一つに茄子は何本が見合うか、という判断です。

この場合は、2つ以上のモノの「ねうち」の比較、つまり「ねうちの相当性」を意味しています。

以上のように、大和言葉でも、モノの有用性については「ねうち(有用性)あたひ(相当性)を分けて使ってきました。


このブログで述べてきた
生活体の構造でいえば、図に示したように「ねうち(有用性)」は縦軸の上下であり、「あたひ(相当性)」は横軸の左右ということになります。

有用性につきまとう、この二面性が、生活民から生活者や消費者、さらには生産者へと、生活世界が拡大していくにつれて、さまざまな問題を引き起こします

2018年1月21日日曜日

虚構享楽行動への対応方向とは・・・

生活民の差戯化行動とは、個々の言葉の意味とその対象の関係を積極的にずらしていこうとする虚欲に基づいて、言葉の示す目標を意識的に緩め、自らの行動をあえて弛緩させ、遊びや解放を味わおうとするものです。

この行動には、言葉の持つ規範性を外そうとする行動(言語―感覚軸)と、言葉の虚構性に戯れようとする行動(個人―社会軸)の、2つに大別されます。

虚構性に積極的に戯れようとする行動には、個人次元でいえば息抜きのための遊戯や遊興など、社会次元でいえば大衆的なスポーツやエンターテインメントなどがそれぞれ該当します。




2つの行動分野に対しては、供給側からはこれまで、次のようなマーケティング活動が行われてきました。

①息抜きのための遊戯や遊興に対する戯化・模擬戦略・・・


仮面遊びや着せ替え遊びなどの虚構ルールへ私的に戯れようとする「私戯」戦略を基盤として、娯楽やレジャーなど日常的な虚構を実行しようとする「戯化」戦略や、映画、演劇、音楽、美術など私的な虚構空間を集合的に提供しようとする「模擬」戦略が実施されています。

生活民がこれらの行動を求めるのは、言葉が作り出す、ウソとマコトの二重性を積極的に味わうため、ウソ機能に没頭することで、マコト機能をリフレッシュしていこうとする
虚欲に基づいています。

とすれば、関連する商品やサービスには、単純な虚構提供を超えて、言葉の虚構性を再認識させつつ、真実の曖昧性を再認識させていくような、より大胆なリフレッシュ機能が求められるでしょう。


②大衆的なスポーツやエンターテインメントに対するゲーム・競争戦略・・・


ギャンブルやくじなどの虚構ルールへ私的に挑戦しようという「賭け」戦略を基盤として、囲碁や麻雀などの虚構ルールへ日常的に戯れる「ゲーム」戦略や、競技や競演など虚構ルールへ集団的に戯れようとする「競争」戦略が実施されています。

生活民がこれらの行動を求めるのは、建前としてのマコトが圧倒的に支配している社会空間を見直し、ウソとマコトの二重性を再確認して、社会構造の曖昧性を実感したいという
虚欲のためです。

こうした願望に関連商品・サービスがこれに応えていくには、実体的な生活行動や経済活動の次元を超えて、虚構的な生活行動や経済活動もまた成り立つものであることを、賭け・ゲーム・競争などのシミュレーション体験の中で再認識させるような仕組みが求められるでしょう。

以上のように、生活民の虚構享楽行動に対しては、遊び体験を通じて、言葉の持つウソ・マコトの曖昧性を改めて認識させるような対応が必要になるでしょう。

2018年1月10日水曜日

規範離脱行動への対応方向とは・・・

生活民の差戯化行動は、言葉の持つ規範性を外そうとする行動(言語―感覚軸)と、言葉の虚構性に戯れようとする行動(個人―社会軸)の、2つに大別されます。

前者の、規範性を敢えて外そうとする行動には、日常生活での目標や規律を外した弛緩や緩和などが、また経済生活での節約や貯蓄を無視した浪費や乱費などが該当します。





2つの行動分野に対して、供給側からはこれまで、次のような戦略が行われてきました。

①弛緩・緩和行動に対する虚脱・混乱戦略・・・


陶酔、酩酊、トランポリンなど虚構空間の中で錯乱状態を求める「めまい」戦略を基盤に、温泉や気晴らし旅行など体感次元の発散を求める「虚脱」戦略や、遊園地やカーニバルなどの設備で集団的に虚脱空間を作りだす「混乱」戦略などです。

生活民がこれらの行動を求めるのは、固定した日常生活の枠組みを一旦外し、生まれたままの時点に立ち戻り、新たな視点からそれぞれの暮らしを再構築していこうとする願望のためです。

とすれば、関連する商品・サービスには、単純な弛緩・虚脱機能に加えて、柔軟かつ刺激的な再生・リフレッシュ機能が求められるでしょう。

②浪費・乱費行動に対する浪費・蕩尽戦略・・・


私的な生活次元での無為や惰性などを楽しませる「怠惰」戦略を基盤に、無駄づかいや蕩尽などの「浪費」戦略や、冗費や乱費やなどの蕩尽」戦略などです。

生活民がこれらの行動を求めるのは、日常的な経済生活のしがらみを一旦脱し、金銭にとらわれない、素朴な視点に立ち戻って、それぞれの暮らしを見直していこうとする願望のためです。

このため、関連する商品・サービスには、一時的な浪費・虚脱機能に加えて、私的な生活資源を再構築するための発想や契機を、新たに醸し出す機能が求められるでしょう。

以上のように、生活民の規範離脱行動に対しては、迎合的な弛緩・緩和・浪費・蕩尽提供に加えて、覚醒・再生・リフレッシュなどの刺激提供が必要になると思います。